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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)9270号 判決 1975年12月11日

原告

安来広一

破産管財人

吉永多賀誠

被告

津川静夫

右訴訟代理人

菅徳明

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者双方の求める裁判

一、原告

(一)  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の不動産につき横浜地方法務局溝口出張所昭和三〇年一一月四日受付第六一三九号をもつてなされた昭和三〇年一一月四日付売買予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記の抹消登記手続をせよ。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

二、被告

(一)  主文と同旨。

第二  原告の請求原因

一、原告は、東京地方裁判所昭和三〇年(フ)第三六九号破産申立事件につき、昭和三一年五月二二日同裁判所において破産宣告を受けた訴外安来広一の破産管財人である。

二、原告は、原告から訴外榊原義郎相続財産管理人榊原八千代(以下「相続財産管理人」という。)を被告とする東京地方裁判所昭和三一年(ワ)第五八六七号建物所有権取得登記抹消等請求事件について昭和三五年四月二三日同裁判所において言渡された執行力ある判決正本および右当事者間の東京高等裁判所昭和三五年(ネ)第一〇八九号建物所有権取得登記抹消等請求控訴事件について昭和三九年二月二九日同裁判所において言渡された執行力ある判決正本に基づき、相続財産管理人に対し、合計金四七八万五、〇〇〇円の損害賠償債権と内金六六万九、〇〇〇円に対する昭和三〇年三月二五日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金債権を有するところ、右債権に基づき、榊原義郎の相続人である榊原八千代外三名の共有に係る別紙物件目録記載の不動産(以下「本件不動産」という。)につき、横浜地方裁判所川崎支部昭和四六年(ヌ)第二五号をもつて強制競売を申立てたので現在同支部において競売手続が進行中である。

三、ところが、本件不動産については横浜地方法務局溝口出張所昭和三〇年一一月四日受付第六一三九号をもつて権利者を訴外不二屋興業株式会社(以下、不二屋興業」という。)とし、昭和三〇年一一月四日付売買予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記がなされ、次いで同法務局同出張所昭和四七年二月八日受付第四〇八九号をもつて権利者を被告とし昭和四七年一月二四日付譲渡を原因とする前示所有権移転請求権の移転の付記登記がなされている。

四、しかしながら、榊原義郎と不二屋興業との間には前示の仮登記の原因となるべき売買予約が成立していないものであるから、不二屋興業を権利者とする所有権移転請求権保全の仮登記は実体的な権利関係に符合しない無効なものというべく、したがつて、被告を権利者とする前示所有権移転請求権移転の付記登記もまた無効なものというべきである。

仮にしからずとしても、前示仮登記の登記原因上の権利である売買予約完結権の時効は、その行使しうべきときから一〇年というべきところ、右売買予約完結権の発生したとみられる昭和三〇年一一月四日からすでに一〇年以上を経過していることが明らかであるから、不二屋興業および被告の取得した売買予約完結権は時効により消滅しており、原告は昭和四八年一月三〇日の本件口頭弁論において右時効を援用した。

五、よつて、原告は民法第四二三条により、相続財産管理人に対する前示損害賠償債権に基づき、同管理人に代位して、被告に対し、本件不動産につき横浜地方法務局溝口出張所昭和三〇年一一月四日受付第六一三九号をもつてなされた昭和三〇年一一月四日付売買予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記の抹消手続を求める。

第三  請求原因に対する答弁<略>

第四  被告の主張

一、仮に原告が請求原因第二項記載のごとき損害賠償債権を有していたとしても、原告主張の債権は、次の理由によつてすでに消滅している。

(一)  原告は、横浜地方裁判所川崎支部昭和四六年(ヌ)第二五号強制競売事件につき、昭和四七年二月一八日原告の請求原因第二項記載の損害賠償債権の内金八五万六、七〇一円と同損害金に対する遅延損害金債権金五六万六、六六九円について配当により弁済を受けた。

(二)  また前記競売事件の第一回競売において競落人となつた訴外朝倉企業有限会社外五名(以下、「朝倉企業外五名」という。)が競落代金の支払期日に代金五三五万円の支払を怠つたので、再競売がなされたが、再競落代価が最初の競落代価より低い金一〇〇万二、〇〇〇円であつたため原告は昭和四七年三月二一日、東京地方裁判所に対し、民訴法第六八八条第六項の規定により、第一回の競落人たる朝倉企業有限会社外五名を相手として金四四一万二、三〇〇円の不足額の支払を求める訴を提起したところ、昭和四七年一〇月三一日原告と朝倉企業外五名との間に裁判上の和解が成立し、原告が同日朝倉企業外五名から不足額の内金として金二七五万円の支払を受けた。

(三)  なお、原告は訴外朝倉企業外五名との間の裁判上の和解において、朝倉企業外五名に対し、原告が本訴において主張する損害賠償債権をすべて放棄している。

二、不二屋興業は、昭和三〇年一一月四日、榊原義郎から、本件不動産を代金六万円で買受け、同日金四万円、翌昭和三一年一月末日金二万円を支払つたが、所有権移転登記申請に必要な登記済証が紛失あるいは第三者の手中にあつて榊原義郎の手許になかつたため、取りあえず、昭和三〇年一一月四日付売買予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記をなしたものであり、また、被告は、昭和四七年一月二四日、不二屋興業から本件不動産を代金一九万円で買受け、同月末日までに代金一九万円を支払つたが、不二屋興業には登記簿上所有権の登記がなく所有権移転請求権保全の仮登記上の権利を有するにすぎなかつたため、やむを得ず昭和四七年一月二四日付譲渡を原因とする前示所有権移転請求権の移転の付記登記をなしたものであるから、被告の付記登記は、本件不動産についての権利の実質関係に対応しない無効なものとはいえず、したがつて、これを抹消すべき義務はない。

第五  被告の主張に対する答弁<略>

第六  証拠関係<略>

理由

一<証拠>に弁論の全趣旨を総合すれば、原告主張の請求原因第一、二項記載の事実を認めることができ、他にこの認定を覆えすに足りる証拠はない。

二被告は、まず、原告の相続財産管理人に対する損害賠償債権が弁済ないし放棄によつてすでに消滅した旨主張するので、この点について判断するに、被告の主張の第一項の(一)、(二)記載の事実は当事者間に争いがない。

ところで、民訴法第六八八条による不動産再競売の場合において同条第六項の規定により前競落人が負担すべき不足額は、競落代金の一部であつて、不動産の売却代金によつて債権の満足を得ざる債権者が前競落人に対し直接これを請求して自己の債権の弁済に充当することができるものであると解するのが相当であるところ、原告は、前競落人たる朝倉企業外五名からすでに金二七五万円の支払を受けたものであることは争いのないところであるから、原告の相続財産管理人に対する損害賠償債権は、その支払を受けた限度において消滅したものというほかない。してみると、原告の損害賠償債権の残額は金一一七万八二九九円ということになる。また、<証拠>によると、原告は、朝倉企業外五名との間の東京地方裁判所昭和四七年(ワ)第二、三〇七号事件における裁判上の和解において、朝倉企業外五名から昭和四七年一〇月三一日の和解期日において金二七五万円の支払を受けるとともに同人らに対するその余の請求を放棄したことが認められるが、原告の同人らに対する前示訴訟における訴訟物は、民訴法第六八八条第六項による原告の同人らに対する不足額請求権であることは明らかであるから、これをもつて、原告の相続財産管理人に対する損害賠償債権をすべて放棄したものということはできない。

三次に、原告主張の請求原因第三項記載の事実は当事者間に争いない。

ところで、原告は、本件不動産について権利者を不二屋興業とする所有権移転請求権保全の仮登記および権利者を被告とする所有権移転請求権移転の付記登記はいずれも権利の実体に符合しない無効な登記であるから抹消されるべきであると主張するので判断するに、<読拠>を総合し、弁論の全趣旨に鑑みると、本件不動産はもと榊原義郎の所有であつたが、不二屋興業は、昭和三〇年一一月四日頃これを代金六万円で買受け、同日金四万円、翌昭和三一年一月末日頃金二万円を支払つてその所有権を取得したが、所有権移転登記申請に必要な登記済証かあるいは榊原義郎の印鑑証明の提出が不能であつたため、取りあえず、同人との間において売買予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記をなすことの合意のうえ、昭和三〇年一一月四日受付をもつて本件不動産について不二屋興業のため所有権移転請求権保全の仮登記をなしたこと、次いで被告は、昭和四七年一月二四日不二屋興業から本件不動産を代金一九万円で買受け、同月末頃までに代金一九万円全額を支払つてその所有権を取得したが、不二屋興業が本件不動産について登記簿上所有名義を有しなかつたため、仮登記によつて保全された売買予約の権利を被告に譲渡することとし、同日付譲渡を原因として被告名義に前示所有権移転請求権保全の仮登記にもとづく所有権移転請求権移転の付記登記を経由したことが認められる。

以上認定の事実関係によれば、不二屋興業が榊原義郎から譲受けたのは本件不動産の所有権であるから、登記済証や印鑑証明の提出不能等の手続上の条件が具備しない場合には、不動産登記法第二条第一号による仮登記をなすべきものであり、また被告が不二屋興業から譲受けたのは本件不動産の所有権であるから、被告が本件不動産の所有権の取得と併せて不二屋興業から売買予約の権利を譲受けたものということはできない。したがつて、本件不動産について不二屋興業のためになされた前示所有権移転請求権保全の仮登記および不二屋興業から被告になされた右所有権移転請求権保全の仮登記にもとづく所有権移転請求権移転の付記登記は、現段階においては、権利の実体と符合しない登記というほかない。しかしながら、既存の仮登記が実体上の権利の内容と符合する有効な登記であるか否かを判断するにあたつては、仮登記はそれにもとづいて将来なさるべき本登記のための順位を保全する目的でなされるべきものであるから、単に形式的に既存の仮登記が実体上の権利関係の内容と符合するか否かの観点からのみでなく、既存の仮登記とそれにもとづいて後日本登記されるべき実体上の権利関係の内容と符合するか否かの観点から考察し、既存の仮登記が後日本登記されるべき権利関係の内容と符合するときには、本登記がなされる時点における権利状態を正しく公示するという登記制度の主たる目的が達成されうるものというべきであるから、かかる既存の仮登記を無効として抹消を求めることができないものと解すべきである。

そこで、叙上の観点に立つて本件をみるに、不二屋興業は本件不動産の所有権を取得したものであるから、不動産登記法第二条第一号の仮登記をすべきものであるのにかかわらず同条第二号の請求権保全の仮登記をしたものであるが、これらは後日なされるべき所有権移転の本登記の順位を保全する仮登記という点において同一であるから仮登記としての効力を認めるのが相当というべく、また、被告は不二屋興業から本件不動産の所有権を取得したのであるから、不二屋興業においてひとまず自己のための所有権移転の本登記を経由したうえ被告に所有権移転の本登記手続をなすべきものであるのにかかわらず、所有権移転請求権保全の仮登記にもとづく所有権移転請求権移転の付記登記をなしたものであるが、被告が実体上本件不動産の所有権を取得している以上、後日右仮登記にもとづいて所有権移転の本登記手続をなしうるものというべく、しかして被告のための右仮登記の付記登記は、将来被告の取得した本件不動産の所有権という実体上の権利関係の内容に符合する所有権移転の本登記に昇格ないし移行しうる可能性を包含する権利を公示している点においてなお所有権という実体上の権利関係の内容と部分的に符合するものであつてこれを無効とすべきものではないと解するのが相当である。したがつて、原告のこの点に関する主張は採用することができない。

四さらに、原告は、本件仮登記によつて保全される売買予約完結権はすでにその行使しうべきときから一〇年以上を経過しているから時効によつて消滅したものである旨主張するが、不二屋興業および被告が取得したのは本件不動産の所有権であることはすでに認定したとおりであるから、原告のこの点の主張は、その前提を欠くものであつて、採用することができない。

五してみると、原告の本訴請求は理由がないから失当としてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担について民訴法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(塩崎勤)

物件目録<略>

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